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札幌地方裁判所小樽支部 昭和31年(ワ)54号 判決 1958年5月03日

原告 山田チヨ

被告 国

訴訟代理人 高森正雄 外二名

主文

被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和三一年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金三万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告は「被告は原告に対し金十二万円及びこれに対する昭和三・一年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和二八年一〇月一六日訴外山下初江と、同人所有の小樽市開運町四丁目八番地家屋番号第二七番木造亜鉛鍍金鋼板葺二階建居宅建坪三七坪一合二勺二階坪二二坪二合五勺、附属物置建坪五坪につき、債権元極度額三十五万円契約期間右同日から二ケ月間利息遅延損害金ともに月一割とする第一順位根抵当付金員貸借契約を結び、同日その旨根抵当権設定登記をするとともに、同人に対し金三十三万円を弁済期同年一二月一六日として貸与したところ、同人は右期日までの利息は支払つたが、元金を返済しなかつたので、原告は右根抵当権に基き競売を申立て、昭和二九年二月八日競売裁判所により競売開始決定がなされ、昭和三〇年七月三〇日原告に対し金五十七万円で本件建物の競落許可決定があり、昭和三一年三月五日頃競落代金中十二万円は現金で支払い残金四十五万円については競裁判所から後記債権に充当する趣旨において交付を受くべき金四十五万円と相殺し結局全代金を支払つたことになつた。

二、ところで、原告が前記契約を山下と結ぶにあたつては、はじめ同人より司法書士佐藤甚兵衛作成の本件建物登記簿閲覧票を見せられ、その記載により本件建物には他に抵当権の登記が存在しないことが明らかであつたが、念のためさらに司法書士工藤慶太郎をして登記簿を閲覧させたところ、乙区欄には一、三、四番に抵当権設定登記があつたもののそれらはすべて朱線で抹消されており、結局先順位抵当権がないことを確認したので、契約を結んだのであるが、真実は、乙区順位四番の訴外株式会社北洋相互銀行のための根抵当権設定登記は、有効に存在していたにかかわらず登記官吏の過失により誤つて抹消されていたため、乙区順位六番に登記された原告の根抵当権は、結局第二順位の効力しかないことが後に判明し、そのため原告はつぎのような損害をうけた。

三、すなわち訴外銀行の残債権は金十二万円あつたので、原告が競落代金として昭和三一年三月五日頃支払つた前記金五十七万円は、まず訴外銀行が一番抵当権者として右金十二万円の支払を受け、残の金四十五万円は、(イ)競売手続費用金一万千百五十五円 (ロ)元金三十三万円のうち金二十万千二百四十五円 (ハ)右元金に対する約定範囲内なる年三割六分の割合による最後の二ヶ年分の遅延損害金二十三万七千六百円の合計額として競売申立人兼二番抵当権者として原告が競売裁判所から交付を受け(現実には相殺)たことになつたのであり、しかも債務者山下初江は無資力で他に支払を受けることができない関係上、結局原告としては、競落代金がまず訴外銀行の優先債権金十二万円に優先交付されたため、それがなければ原告において元金の一部としてさらに交付を受け弁済に充当し得たはずの右金十二万円の支払を受け得られなくなり、同額の損害を受けた次第である。従つて原告は被告に対し国家賠償法の定めに従い、金十二万円及びこれに対する訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三一年四月七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告の主張に対し、

四、訴外銀行の乙区順位第四番の根抵当権設定登記は当時単に朱抹されていただけでなく順位五番において四番の抹消登記がなされており結局同銀行の登記は当時適法完全に抹消されていたから、原告に過失はない。かりに、乙区順位五番の抹消登記が現在訂正してあるように順位三番の抵当権に関するもので、したがつて、順位四番の訴外銀行の登記は単に朱抹されていたにすぎなかつたとしても、原告が競売申立後である昭和二九年六月一七日付で下付を受けた法務事務官兵藤績の認証にかかる本件建物登記簿謄本(登記事項中権利の消滅にかかる部分を省略したもの)には、訴外銀行の根抵当権登記その他の先順位抵当権の記載は一切なかつたようなわけで、登記官吏すら、右のように登記簿の内容を見誤つたほどだから、これを一般人が見誤まるのは当然で、原告に過失はないというべきである。

五、原告の損害は、特別事情によるものでない。鑑定人は本件建物を七十六万五千円と評価したが、これは、本件建物に存する賃貸借関係を斟酌しないでなされたもので、適正な評価ということができず、したがつてまた、右価格では競売の申出がなかつたので、裁判所は、最低競売価額を当初の七十六万五千円から七十万円、六十三万円、五十七万円と順次適法に低減したが、なお競落人がなかつたため、該物件の整理を急いでいた原告が、やむなく競落したのであつて、特別事情による損害ではない。と述べ、

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因に対する答弁及び被告の主張として、

一、請求原因第一項の事実中、本件建物につき原告主張のような根抵当権設定登記がその主張の日付でなされたこと、原告が根抵当権にもとずき競売を申立て、その主張の日に競売開始決定があり、その主張の金額で本件建物が競落され主張の頃競落代金の支払があつたことは認めるが、その余は知らない。

二、同第二項の事実中、乙区欄一、三、四番に存する抵当権の登記がすべて朱抹されており、ことに乙区順位四番の訴外株式会社北洋相互銀行のための根抵当権設定登記は、登記官吏の過誤により朱抹されていたものであること、そのため、乙区順位六番に登記された原告の根抵当権は第二順位の効力を有するものであつたこと従つて競売代金五十七万円は訴外銀行が一番抵当権者としてその債権金十二万円の優先交付を受け、原告が競売申立人兼二番抵当権者として金四十五万円を主張の趣旨において交付を受けたことは認めるが、原告がその主張のような損害をうけた事実は争う。その余の事実は知らない。

三、元来根抵当権は、増減変動する一団の不特定の債権を将来の決算期において極度額まで担保するものであつて、これに期間を定めてその登記をした場合は、その期間満了のときをもつて決算期と目すべきであり、したがつて右期間経過後に生じた債権は、当該根抵当権によつて担保されない。これを原告の根抵当権についてみれば、決算期と目される昭和二八年一二月一六日までに生じた債権のうち、極度額三十五万円までのものが担保され、かつ、これにとどまる。そして、右同日までの債権が三十三万円であることは原告の主張するところだから、これを超えて、競売手続費用分を除く四十三万八千余円の交付をうけた原告としては、なんら損害がないというべきである。かりに、決算期後の遅延損害金も担保されるとしても、元本と合せて極度額三十五万円の限度までのものに限られると解すべきだから、損害のないことに変りない。またかりに、最後の二年分の遅延損害金にまで担保の効力が及ぶとしても、本件のように、相当の物的担保のある貸借にあつては、当時の利息制限法第五条により、その割合は年一割に減ぜらるべきものだから、本件二年分の遅延損害金は六万六千円にすぎぬことが算数上明らかである。してみると、原告が交付をうくべき額は、右と元金との合計三十九万六千円にすぎぬわけで、原告はこれを超える四十三万八千余円の交付をうけたのだから、なんら損害をうけていない。

四、かりに以上の点理由がないとして、元来登記の抹消は抹消登記がなされたうえ抹消さるべき登記が朱抹されることにより有効に行われるものであるが、本件においては原告の登記当時(現在も同様)も順位五番の抹消登記の対象は三番の抵当権設定登記があつて四番を三番と訂正があつたのは原告の登記前であり、従つて訴外銀行の根抵当権設定登記は単に朱抹されていたというだけで抹消登記がなされていないのであるから、依然有効に存在していたわけであり、結局原告の損害というのは原告自身の過失に基因するものというべく登記官吏の過誤との間には因果関係がない。

五、なお原告の主張する損害は、特別事情による損害である。すなわち抵当不動産は通常の価額の範囲内で競売さるべきものであることは、当該不動産が不当に廉価に競落されることを防ぐために、裁判所が鑑定人そして最低競売価額を評価させ、原則として右価格以下では競落を許さないとしていることに徴し明らかである。本件の場合、鑑定人による最抵競売価額は七十六万五千円だから、この価額で競売されれば、原告が一番抵当権者でなくても、元金及び年三割六分の割合による二年分の遅延損害金の全額について支払をうけたわけである。しかるに、これが五十七万円の廉価で競売された(ただし最低競売価格が競買人がないため原告主張のように順次低減されたことは認める)ということは、住宅払底の今日、通常考えられないことで何らかの特別事情があつたものといわねばならない。そうだとすると原告の損害は右特別事情によつて生じたものというべく被告に賠償の責任はない。

六、かりにその点も理由がないとしても原告にも以下記載の過失があるから損害賠償額の算定にあたり斟酌さるべきである。すなわち(イ)訴外銀行の根抵当権設定登記については、前記のごとく失抹の基礎たる抹消登記を欠いているにかかわらず原告においてこれを看過し、漫然有効な抹消登記があつたものと軽信した点、及び(ロ)かりに乙区五番の抹消登記が当時訴外銀行に関する四番の抹消登記であり、いいかえれば現在四番を三番と訂正してあるのは後日の訂正にかかるものであるとしても、原告の設定登記前本件登記簿乙区欄には朱抹にかかる抵当権登記が計三個あるのに、これに対し抹消登記は計二個しかないのであるから、抹消になつていない抵当権設定登記が一個あることは容易に知り得たはずであるのに、漫然先順位抵当権がないものと速断したのであるから、この点からするも原告に過失なしとするを得ない。もつとも登記官吏が原告主張第六項記載のような登記簿謄本を原告に下付した事実は認める。

と述べた。立証<省略>

理由

訴外山下初江の所有であつた原告主張の建物について昭和二八年一〇月一六日原告を権利者とするその主張のような乙区順位六番の根抵当権設定登記がなされたこと、当時同建物の乙区欄には原告の右登記のほか順位一、三、四番にそれぞれ抵当権設定登記があり、それは原告の右登記当時には全部斜線で朱抹されていたが、そのうち前記四番の株式会社北洋相互銀行を債権者とし元本極度額三十万円とする根抵当権設定登記は有効に存在していたにかかわらず、登記官吏の過誤により斜線で朱抹されていたものであること、その後原告から競売申立があつて、昭和二九年二月八日競売開始決定があり、金五十七万円で原告が競落し、競落代金については順位四番の根抵当権者たる右銀行に対し残存債権十二万円の交付があり、原告は二番抵当権者として競売手続費用金壱万千百五十五円を含めた金四十五万円の交付を受けたのであるが、その内訳が原告主張のとおり右費用のほか、原告の元本債権金三十三万円の一部たる金二十万千二百四十五円及び右元本に対する最後の二ケ年分の約定遅延損害金の範囲内である年三割六分の割合の金員計二十三万七千六百円であることはいずれも被告の認めるところであつて、成立に争ない甲第一、二号証第八号証の一、二乙第一号証及び証人佐藤甚兵衛の証言原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和二八年一〇月初頃訴外山下初江から同人所有の本件建物を担保に金融の申込を受け、その際同人の示した司法書士佐藤甚兵衛作成にかかる本件建物登記簿閲覧票には抵当権設定登記がなかつたが、念のため同月一六日司法書士工藤慶太郎をして登記簿を閲覧させたところ、先順位抵当権はすべて抹消されているとのことであつたので、同日山下との間に根抵当付金員貸借契約を結び、同建物に債権元本極度額三十五万円契約期間を同日から二ケ月間利息遅延損害金共月一割とする第一順位根抵当権設定を受け即日前示順位六番の登記手続を完了すると共に金三十万円を貸与し、ついでその翌日頃さらに金三万円を同月末日までを期限と定めて貸与したところ、山下からは契約期間たる同年一二月一六日迄の利息損害金の支払があつたのみで元金合計三十三万円の支払がなかつたので、前示のとおり競売申出をしたこと、原告の根抵当権設定金員貸借契約は先順位抵当権設定登記が抹消されており従つて自己が一番抵当権者であることを信じて結んだものであり、そうでないとすればかかる契約を結ばなかつたであろうこと、もし前記訴外銀行の根抵当権設定登記が抹消されていたとすれば、同銀行に交付された金十二万円は原告が交付を受ける関係にあつたこと、及び山下は無資力で残債務弁済能力は全くないことがそれぞれ明白である。

被告は原告の被担保債権は根抵当権の性質上決算期までに生じた債権金三十三万円に限られ、かりにその後の遅延損害金も担保されるとしても元本と合せて極度額三十五万円の範囲に限らるべきであるから原告は少しも損害を受けていない旨主張する。そもそも根抵当権は継続的取引関係から生じ総額において増減変動する債権を決算期において極度額の範囲内で担保するものであり、本件のように契約期間を定めて登記した場合は、期間満了のときをもつていわゆる決算期が到来したものと認むべく、従つて決算期後あらたに生じた債権は本来当該根抵当権により担保されないのが原則であるが、本件原告の根抵当権のように、極度額が元本極度額を意味することが登記簿上明白である場合には、遅延損害金と元本債権との合算額が元本極度額を超えても民法第三七四条の規定する範囲内では次順位者に優先して弁済を受け得るものと解するのが相当である(大審院昭和一三年一一月一日言渡判決参照)。被告は相当の担保物件ある本件貸措にあつては旧利息制限法により遅延損害金の割合は年一割に減ずべきであり、従つて年三割六分の割合により交付を受ける権利はないからその限度で原告は損害を受けていない旨主張する。しかし本件について適用ある旧利息制限法の第二条に規定する年一割は約定利息に関するものであつて遅延損害金に関するものではないこと明文上明白であり、右年三割六分の割合は現行利息制限法第四条第一条の許容する遅延損害金の限度であることを考慮するときは、右利率をもつて旧利息制限法第五条にいわゆる損害の補償に不当な高率であるとはとうてい認めることができないから競売裁判所が遅延損害金について年三割六分の割合による金員を是認し原告に交付したのは適法であつて、これが不当であることを前提とする被告の右主張は理由がない。

そうだとすると訴外銀行の抵当権設定登記が真実抹消されていたとすれば、同銀行が交付を受けた金十二万円は一番抵当権者となる原告が元本債権の一部として交付を受けたであろうという関係になるわけであるから、山下が無資力であること前段認定のとおりである以上、右金十二万円は登記官吏の過誤により原告が受るけた損害であるといわねばならない。従つて登記官吏の過誤と原告の受けた損害との間に因果関係がないとする被告の主張もまたその理由がない。

被告は本件損害は特別事情によるものであると主張するけれども、不動産の競売も需要供給の原則に左右される関係上、鑑定人の評価額以下で競売されることも稀ではないから、鑑定人の評価額以下で競売されたからといつてそれだけでは原告の損害が特別事情によるものとは断定し難く、本件競売価額が競落人がないため原告主張のように順次低減されたことは当事者間争なく、他に本件競売手続が違法または不当に行われたとの事情を窺うに足る資料は少しもない以上右主張もまた採用できない。

つぎに被告は原告が抵当権設定登記朱抹の事実のみにより先順位の抵当権のなかつたものと軽信したのは過失であり、かりに被告に賠償責任があるとしても損害額の算定につき斟酌さるべきであると主張するのでこの点について検討するに、前示乙第一号証、証人兵藤績の証言に口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、原告の本件根抵当権設定登記直前における本件建物登記の乙区欄には順位一、三、四番に各抵当権設定登記があり、二、五番においてそれぞれ右一、三番の抵当権抹消登記がなされてあつたこと、右五番の抹消登記中抹消の対象となるべき三番抵当権の「三番」とある部分は「四番」と記載したものを三番と訂正してあり、原告が登記前工藤書士をして閲覧させた当時すでに右訂正がされてあつたかどうかは現在不明であるが少くとも三個の抵当権設定登記があのに対し二個の抹消登記があるだけであつたことがそれぞれ明らかである。そうだとすると原告において少しく注意するにおいては、先順位抵当権一個については適法な抹消手続がなされていないこと、ひいてこれを契機として先順位抵当権の存在を知り得べき関係にあつたものというべきであり結局原告の過失によつて知り得なかつたものというべく、もつとも登記官吏兵藤績すら先順位抵当権の存在を看過したということは当事者間争ない事実であるがそれは単に過失の分量の問題であるに過ぎず原告に過失なしと断じ得ないこともちろんである。従つて被告は国家賠償法の定めるところに従い原告に対し登記官吏の過誤により与えた損害を賠償すべきこと当然であるが、その賠償額は原告の右過失を斟酌して金十万円を相当と認める。

よつて、原告の請求は、金十万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三一年四月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶田幸治 太田夏生 桜井敏雄)

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